東京都カスハラ奨励金、「実践的な取組」はどれを選ぶか。

定額40万円の東京都カスハラ奨励金は、マニュアルを作るだけでは支給されない。録音・録画機器、AIシステム、外部人材のうちいずれか1つを実施する必要がある。この3つには合わせて26の対象外パターンが定められており、選び方を間違えると不交付になる。本稿は令和8年度第1回の募集要項をもとに、3つの選び方と落とし穴を整理する。

結論:選び方で残る手元の金額が変わる

奨励金は定額40万円。しかし取組にいくら掛かるかは選んだもので大きく違う。手元に残る額で見ると、判断が早い。

比較項目取組① 録音・録画機器取組② AIシステム取組③ 外部人材
費用の性格購入またはリース月額契約が多い契約またはスポット
契約期間の縛り契約なら6か月以上6か月以上ア・ウは6か月以上、イはなし
周知先社外社内社内
主な落とし穴汎用機器は対象外汎用生成AI単体は対象外マニュアル作成のみの契約は対象外
対象外パターン10パターン7パターン9パターン

※表は横にスクロールできます

どの事業者がどれを選ぶか

  • 店舗・窓口で対面対応がある → 取組①。録音・録画機器はその場で抑止力になる
  • 電話対応が多い・コールセンターがある → 取組②。通話の検知やアラートに直結する
  • 機器を増やしたくない・小規模 → 取組③のイ(社内研修のスポット契約)。唯一、6か月以上の縛りがない
  • 夜間営業・トラブルが激しい → 取組③のウ(警備会社との法人契約)

最もハードルが低いのは取組③のイ。スポット契約でよく、物を買わずに済む。ただし「事前エントリー時点で研修が実施済であること」が条件なので、日程の割り付けだけは早めに決める必要がある。

前提:マニュアルと実践的な取組で一セット

奨励金の取組要件は、令和7年4月1日以降事前エントリーまでに、次の両方を実施していること。

  1. カスタマーハラスメント対策に関するマニュアルの作成
  2. カスタマーハラスメントを防止するための実践的な取組を、1つ

マニュアルは必須で、さらに取組①~③のいずれか1つを実施する。どちらか一方だけでは支給されない。

多い誤解:マニュアルの作成費は「実践的な取組」にならない

専門家にマニュアル作成を依頼すれば、その契約が取組③(外部人材の活用)にもなると考えてしまいやすいが、要項はこれを明確に否定している。

カスタマーハラスメント対策に関するマニュアルやカスタマーハラスメントに対する基本方針の作成や監修のみの契約(マニュアルや基本方針の作成に係る契約は対象外)

つまり、マニュアル作成と実践的な取組は別物として用意する必要がある。同じ専門家に依頼する場合でも、マニュアル作成の契約と、社内研修等の契約を分け、契約書・請求書・領収書をそれぞれ発行してもらうのが安全である。

マニュアル自体の必須項目(ア~キの7項目)については、別の観点が必要になるため、ここでは深入りしない。

取組① 録音・録画環境の整備

職場に、カスタマーハラスメント対策のための録音または録画機能のある機器を新たに整備する。

満たすべき5つ

  1. 令和7年4月1日以降事前エントリーまでに、カスハラ対策のために新たに購入またはリース等の契約をしたこと(契約の場合は期間6か月以上、かつ録音・録画を主とした機器本体であること)
  2. その機器の運用ルールを策定したこと。盗聴・盗撮を疑われない対策を含める
  3. 事前エントリーまでに、録音・録画環境の整備について社外に周知したこと(周知資料に企業名と周知日が確認できること)
  4. 整備によりカスハラ対策が進んだこと
  5. 都内事業所に整備したこと

録音は、掲示によってあらかじめ知らせることで抵抗感を下げられる。周知が社外向けなのはこのためである。

対象外になる10パターン

番号対象外となるもの
1汎用性があり、カスハラ対策以外の用途にも使える機器(パソコン、タブレット、スマートフォン、スマートグラス、デジタルオーディオプレーヤー等)
2令和7年3月31日以前に整備している機器の買い替え、リース等の契約更新、または事前エントリー後の整備
36か月未満の新規リース及びサブスクリプションの契約
4費用が発生しない契約(無料体験、トライアルの申込等)
5フリマアプリやオークションサイトによる取引
6法律上必要な許可・届出等の手続を行っていない業者からの購入・リース
7(法人の場合)代表者の個人名で発行された領収書や契約書、個人支払
8録音・録画ソフトのみの契約
9WebカメラやWebマイク等、本体に記録する機能がない機器の購入
10都外の事業所のみに整備

1番と9番が特に見落とされやすい。手軽に済ませようとしてスマートフォンやWebカメラを買うと、その時点で要件を満たさない。

向いている事業者

店舗や窓口で対面対応がある事業者。録音中であることを掲示すれば、それ自体が抑止力になる。既に通話録音装置を検討していた事業者にとっては、購入の後押しになる。

取組② AIを活用したシステム等の導入

職場に、カスタマーハラスメント対策に資するAIを活用したシステム等を新たに整備する。

満たすべき6つ

  1. 令和7年4月1日以降事前エントリーまでに、新たに購入またはシステムサービス等の契約をしたこと(契約の場合は期間6か月以上)
  2. 運用ルールを策定したこと
  3. 事前エントリーまでに導入について社内に周知したこと(周知資料に周知日が確認できること)
  4. 導入によりカスハラ対策が進んだこと
  5. 「AIが活用されていること」と「カスハラ対策に利用できること」の両方が、パンフレットやHP等で確認できること
  6. 都内事業所に導入したこと

5番が転びやすい。ベンダーのHPに「AI」と「カスハラ」の両方が書かれていなければ、別途資料の提出が必要になる。契約前にベンダーの公開情報を見ておくこと。

対象になる例

  • 通話内容からトラブルを検知し、カスハラに該当する事例を記録するシステム
  • 音声の感情認識等により、カスハラに発展しそうな通話を自動で管理者にアラート通知するシステム
  • クレーム対応疑似体験訓練システム
  • チャットボット、ボイスボット等によるカスハラ対策のための顧客対応システム
  • クラウド型のメール共有・管理システムにおいてAIがカスハラを検知するシステム

対象外になる7パターン

番号対象外となるもの
1汎用性の高い生成AI単体の利用等、カスハラ対策以外も主な用途となりうるシステム等の導入(受付対応ロボット等を含む)
2令和7年3月31日以前に導入しているシステムのバージョンアップ、契約更新、または事前エントリー後の導入
36か月未満のシステム利用契約
4費用が発生しない契約(自社開発システム、他社システムの無料体験、トライアルの利用等)
5公開され、かつ提供を開始していることが確認できないシステムの契約
6(法人の場合)代表者の個人名で発行された領収書や契約書、個人支払
7都外の事業所のみにシステムを導入

最も多い誤った期待が1番だ。汎用の生成AIに月額を払っても、それだけでは対象にならない。カスハラ対策を目的とするシステムであることが、外形上確認できる必要がある。

向いている事業者

電話対応が多い事業者。すでにCTIやコールセンターシステムを入れているなら、カスハラ検知オプションの追加で済む場合がある。ただし既存システムの契約更新やバージョンアップは対象外なので、新規契約になるかを確認すること。

取組③ 外部人材の活用

カスタマーハラスメント対策を推進するにあたり、社内での課題改善のために外部人材を新たに活用する。

3つの型があり、申請様式が異なる

型内容契約期間
ア 相談対応等の継続的な契約カスハラ対策の相談対応等に関する外部人材との継続的な契約。相談体制の構築に外部人材が活用されていること6か月以上
イ 社内研修等のスポット契約自社で主催する、就業者のケア・接遇・条例等の研修実施のための契約縛りなし
ウ 警備会社との法人契約カスハラ対策における警備体制を強化するための継続的な契約6か月以上

イにだけ期間の縛りがない。その代わり事前エントリー時点で研修が実施済であることが条件になる。申請の直前に慌てても間に合わない。

専門家の範囲

アとイについては、外部人材が「カスハラ対策に資する専門家」であることが必要。要項は次を例示している。

弁護士、社会保険労務士、中小企業診断士、労働衛生コンサルタント、産業カウンセラー、キャリアコンサルタント等

末尾が「等」で結ばれているため、列挙されていない資格が直ちに対象外になるわけではない。ただし次の2点に注意が必要。

  • 民間資格の場合は、国家資格に準じて知識・技能の習得度の客観的把握を適切に行い得るものであること
  • 契約した外部人材が専門家であることが一般に公開されておらず確認できない場合は認められない

警備会社(ウ)については、専門家要件は適用されない。

なお、令和8年度第1回においては、行政書士も外部人材の専門家として認められるとの回答を奨励金事務局から得ている(当事務所問合せ、令和8年9月)。

対象になる例

  • 就業者の相談に対応する労働衛生コンサルタントと契約(ア)
  • 法律に関連する相談に対応する弁護士と契約(ア)
  • カスハラ発生時の法的な対応方法に関する社内研修の講師とスポット契約(イ)
  • 非常通報時の警備員駆け付けサービスを契約(ウ)
  • 店頭でのカスハラ対策のために新たに常駐警備員配置を契約(ウ)

対象外になる9パターン

番号対象外となるもの
1令和7年3月31日以前に契約のあった外部人材との継続契約、または事前エントリー後に結ばれた契約
26か月未満の契約(アとウ)
3他社が主催しているセミナーへの参加(イ)
4費用が発生しない契約(弁護士等の無料相談の申込み)
5家庭向け警備サービスの契約(ウ)
6法律上必要な許可・届出等手続をしていない業者等との契約
7(法人の場合)代表者の個人名で発行されている領収書や契約書、個人支払
8都外の事業所のみを対象とした外部人材の活用
9マニュアルや基本方針の作成や監修のみの契約

3番も見落とされやすい。外部のセミナーに社員を参加させても対象にならない。自社で主催し、講師を呼ぶ形でなければならない。

向いている事業者

機器やシステムを増やしたくない事業者。特にイのスポット契約は、物を買わず、6か月の縛りもなく済む。従業員が少ない事業所でも研修は実施できる。

3つに共通する落とし穴

取組を選んだ後でも、次の5つで落ちる。どの取組にも共通して掛かる。

1 実施と周知は事前エントリー時点で完了していること

機器の設置、システムの利用開始、外部人材の体制構築や研修実施のいずれも、エントリーの時点で終わっていなければならない。「エントリーしてから準備する」は通らない。

2 契約主体は申請企業であること

法人の場合、個人名での契約や領収書は認められない。代表者が立て替えで支払った場合も同じ。これは3つすべての対象外リストに入っている。

3 グループ会社からの購入・契約は対象外

申請企業の親会社・子会社・グループ企業等関連会社からの購入やリース、外部人材としての契約は、取組に関連するすべての契約書や領収書が対象外になる。

ここでいう関連会社には、資本関係のある会社に加えて、役員等を兼任している会社や、代表者の三親等以内の親族が経営する会社も含まれる。個人事業・法人・団体を問わない。身内の会社に発注すると落ちる。

4 都内の事業所が対象であること

都外の事業所だけに導入しても対象外。これも3つすべてに共通する。

5 契約書・領収書の表記を合わせること

契約書や領収書に記載される企業名・住所等は、申請時の様式別紙「事業所一覧」に記載した内容と一致していなければならない。屋号と登記上の商号が違う場合は注意が要る。

見落としやすい違い:周知先が①だけ「社外」

取組の周知先は、①と②③で違う。ここは要項を通しで読まないと見逃す。

取組周知先周知資料で確認されるもの
① 録音・録画社外企業名と周知日
② AIシステム社内周知日
③ 外部人材社内周知日

録音・録画は、お客様に向けて「録音しています」と伝えることに意味がある。そのため周知先が社外になっている。店頭掲示や自社サイトへの掲載が想定される。

これとは別に、基本方針は社内と社外の両方に周知する必要がある。マニュアル自体は社内周知。周知の組み合わせを整理すると次になる。

  • マニュアル:社内のみ
  • 基本方針:社内と社外の両方
  • 取組①:社外
  • 取組②③:社内

いずれも周知日と周知した状況が確認できる必要がある。掲示日が写り込んだ掲示写真、イントラネットの画面、配布メールの送信履歴などを、その都度保存しておくこと。後から遡って作れない資料である。

スケジュール:第2回は今回で終了予定

令和8年度の受付は事前エントリー制。第1回は既に終了している。

項目第1回第2回
事前エントリー令和8年6月25日~7月9日(終了)令和8年10月23日~11月6日
受付件数2,500件5,000件

東京都の発表によれば、今回の募集で終了予定とされている。

先着順ではなく、受付件数を超えるエントリーがあった場合は受付期間終了後に抽選が行われる。ただし要件を満たしていなければエントリー自体ができないので、準備の期限は10月23日であることに変わりはない。

逆算で見ると

  1. 取組を決める(①②③のどれか)
  2. 契約・購入を済ませる
  3. 運用ルールを策定する
  4. マニュアルと基本方針を作る
  5. 周知する(社内・社外、日付の分かる証跡を保存)
  6. 取組を実施する(研修なら実施済みにする)
  7. GビズIDプライムを取得する
  8. エントリーする

7番は見落としがちだが、事前エントリーにはGビズIDプライムアカウントの事前取得が必要である。国(デジタル庁)の審査によりID発行まで時間がかかるため、余裕をもって準備する必要がある。発行が間に合わないことに伴うエントリー期限の猶予は行われない。

入金までの見通し

エントリー結果の通知の後、Jグランツで支給申請を行い、審査を経て支給決定となる。第1回の資料では、審査開始から支給決定まで6か月程度、その後の請求から振込まで1か月程度とされている。資金繰りの計画では、すぐに40万円が入る前提にしないこと。

よくある質問

マニュアルを行政書士に依頼すれば、それで取組③も満たせますか

満たせない。マニュアルや基本方針の作成・監修のみの契約は、取組③の対象外とされている。同じ専門家に依頼する場合でも、マニュアル作成と社内研修は別の契約にし、契約書・請求書・領収書をそれぞれ発行する。

既に防犯カメラがあります。対象になりますか

令和7年3月31日以前に整備している機器の買い替えや契約更新は対象外。「新たに整備したこと」が要件なので、増設なら対象になり得る。

スマートフォンの録音アプリではだめですか

対象外。汎用性がありカスハラ対策以外にも使える機器は除かれており、ソフトのみの契約も対象外とされている。

社員を外部セミナーに参加させた場合は

他社が主催するセミナーへの参加は対象外。自社で主催し、講師とスポット契約を結ぶ形であることが必要。

埼玉の会社です。対象になりますか

都内に本店登記または支店の事業所があり、都内の事業所で継続的に1年以上事業を行っていれば対象となり得る。都外での事業期間は合算できない。

なお奨励金の対象外であっても、令和8年10月1日からカスタマーハラスメント対策は全事業主の措置義務となっている。規模・業種を問わず、中小企業の猶予もない。方針の明確化、相談窓口の設置、対応手順の整備は、奨励金の有無にかかわらず必要となる。

制度についての相談先

  • マニュアル作成について:東京都カスタマーハラスメント総合相談窓口 電話0120-182-276(9:00~17:00、土日祝日と年末年始を除く)
  • 取組要件について:奨励金事務局 電話03-4446-4621

カスタマーハラスメント対策のご相談

当事務所では、必須項目アからキに対応したマニュアル・基本方針の作成と、取組③のイにあたる社内研修の実施を承っています。録音機器やAIシステムを新たに購入しなくても、マニュアルと実践的な取組の両方を揃えられます。

なお、本稿で述べたとおりマニュアル作成の契約は実践的な取組には当たりません。ご依頼の際は、書類作成と社内研修を別の契約としてお見積もりいたします。

お問い合わせフォームはこちら / 電話 048-606-4733

執筆者

行政書士 深沢 文敏 (行政書士登録番号:第14130403号)

クロフネ行政書士事務所グループ

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この記事について

本稿は令和8年度第1回の募集要項に基づいている。第2回の募集要項は本稿執筆時点で未発表であり、要件が変更される可能性がある。実際の準備にあたっては、必ず該当回次の募集要項をご確認いただきたい。

また、支給は抽選により決定されるため、要件を満たしても支給を保証するものではない。

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